▽成功する時
コツは一度出口へ向かったら
決して振り向かない
▽ダメな時
自分の通院とかで息子預けるときの話
ちなみに
ダメな時は100%強制的に母に寝かされる息子であった
お礼を渡すと
次の時なんとなく頼みやすい
ーーーーーー
東日本大震災で犠牲になられた方々のご冥福と
被災された方々に心よりお見舞い申し上げます
私は娘を産んだ数日後に病院で地震にあいました
退院してバイオハザードの街をぬけて
実家に着いたとたん津波警報が鳴って
避難中に車が渋滞に捕まった時
娘は元気に生まれて来てくれたのに
たった数日しか生きられないんだと思って
動かない車の中で絶望して泣いた。
(警報は津波の高さが誤報で渋滞してる所までは津波は来なかったです)
初めての育児が始まって、
家族は仕事場や被災した所の応援に行ってたので
日中は娘と2人っきり
テレビではポポポポーンと津波の映像が交互だったけど
娘を地震から守るために
現状や地震の情報をすぐ知りたかったからテレビをつけるしか頭になくて
緊急地震速報と絶え間ない余震とポポポポーンで
頭ポポポポーンってなってた
頭がポポポポーンっておかしくなっても
津波や地震で信じられないくらいの絶望の中苦しみながらも頑張ってる方達がいる
余震や津波に不安なのは皆同じだし、今も避難生活してもっと不安になってる方達がいると思うと
自分に喝ーーーーーーーッってなってギリギリ頑張れた
育児に関しては初めてだし相談したいことたくさんあったけど
周りには地震じゃないことで相談したら迷惑かけちゃうと思って中々できなかった。
だから2年前息子が生まれた時は
普通に入院生活をおくって
普通に退院して
それがとても穏やかで
これが地震のない普通の産後なんだろうなって
普通が本当に幸せだなって
強く思いました
ーーーーーーーーー
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コメント
コメント一覧 (17)
安っぽい言葉でコメントを書くと、せっかくのつんさんのブログが台無しになりそうで、書くかどうか悩んだのですが…
つんさんのコメントを読んだら、どうしても書きたくなったので…
産後数日というまだいろんなところが完全じゃないときに、それも初産で…
本当に頑張られたのですね。
想像しただけで、涙が出てきました。
普通って大事ですよね。てか、普通って尊いものです。
忘れて生活しちゃイカンですね。
再確認しました。
ありがとうございます。
努力を重ねられたつんさんを尊敬します。
私も娘を熊本地震の最中に産みました。
緊急地震速報がけたたましく鳴り続けてましたが、陣痛の痛みで記憶になく、後から携帯を見てわぉ!となりました(苦笑)
地震がいつまで続くのか分からない中で幼子を抱えるのは怖いですよね。
平和に過ごせることに感謝です。
やんちゃんは震災の年に生まれたんですね、あの壮絶な環境のなかの初めての育児は不安だったと思います、みんな大変だったけど、やんちゃんが生まれたことは希望のある出来事でそれがみんなの希望だったと思います。それくらい赤ちゃんにはパワーがありますからね!東海から私も復興を祈ってます。
つんさんの7年前の今日の話しを聞いて胸がギュってなりました…。つんさんは被災地の方だったのかな?
私もです。あの日の夜はまだ離乳食中だった月齢の娘に公園での炊き出しでもらった固めのおにぎりを震えながら食べさせて。そして壮大にリバースされた記憶があります( ;∀;)ヒェっ
ポポポポ〜ン懐かしいです。あれ聞くたびに喉の奥がグッとつまる
さっき風呂上がりの娘の髪を乾かしていて、大きくなった娘の後ろ姿に泣きそうになったよ。生きていてくれてありがとう。って。
つんさん、あの日の話をしてくれてありがとう
初産の直後に被災なさってたんですね>_<あまりに大変なことで言葉がみつかりませんが、とにかく乳飲み子を抱えて頑張ったつんさんは偉大なお母さんです!本当に本当によく耐え忍ばれました‼︎
大変な経験をなさったり、2人の子供のワンオペもあるなかで、こんなに素敵なブログを更新して下さって改めて感謝です!
なので、経験していない自分の言葉はなんの力もなく、言葉にすることがとても失礼なことのように感じて触れられずにいます。。
ただ言えることはぽぽぽぽーんは本当に全国でただひたすらぽぽぽぽーんしてたので、津波とぽぽぽぽーんが交互に押し寄せて本当におかしくなりそうでした(^^;)
被害にあってない私でも津波の映像をみるのが辛くなるのですから、被災された方々はもっと心痛むものだったと思います。
つんさんが言われてるみたいに、情報を得るためにみなければいけなかった状況でもあったわけだし。
あの頃と違って子供を産んで、今関西圏は南海トラフ大地震くるよくるよ言われてる状況なので、私は母乳ではなくミルクだし、被災したらと思うとただただ恐怖しかありません。
自分は数日食べなくても頑張れると思いますが、赤ちゃんは違いますよね。つんさんがやんちゃんを抱いて絶望した恐怖は、経験していない私には想像を絶するものです。考えるだけでこわい。考えるだけでこわいのに、死を覚悟して、絶望して泣いたつんさんはそんなレベルじゃなかったですよね、、、
長々とよくわからないコメントすみません💦
亡くなられた方々のご冥福を心からお祈りします。
つんさん、やんちゃん、助かってよかったです。
元気なやんちゃんをブログでみせてくれてありがとうございます😊✨
東北の方たちの消えない悲しみがたくさんの希望に変わりますように。
どうか命を粗末にするような事件がなくなりますように。
そして同じ経験をしておりますので手の汗もとまりません。
戦争は人がとめられますが、自然の猛威(災害)は止められません。
二度と同じ経験をしたくなと思っても、またいつか来るのは、日本に住んでいたら避けられません。
だからこそ、死をそばに感じた私たちは日ごろから備えを忘れてはならないし
そうすることが亡くなられた方々の供養にもなるのだと信じたいです。
実は我が家の姉妹が、姉はやんちゃんと同い年同じ月生まれで妹がムギムギと同い年同じ月生まれです。全くの同じ年の差同じ誕生月の為、ブログを拝見する度にリアルタイムで同じ悩みや幸せを感じていて、勝手に物凄く親近感を抱いています(^-^)
今妹も絶賛イヤイヤ期開催中(お風呂や着替えの件は100%同じです)ですが、やんちゃん同様にお姉ちゃんにむちゃくちゃ助けられてます。
私は福島で出産予定日に被災しましたが、出産が少し遅れたおかげで、ドラゴンヘッドのような街中を十数時間かけて避難する車中で陣痛が始まるパニックはありつつも、なんとかギリギリ出産には間に合いまして避難先の病院で無事に娘を出産できました。
退院後もしばらくは余震もありましたしミルクやオムツ等も大変でしたよね。
でも今こうして元気に小学生になった娘を見ていると、いつも今生きている事に感謝せずにはいられません。
まだまだイヤイヤ期絶賛開催中の下の娘も、自我の芽生えおめでとう!!!と思って、なんとか付き合っていくかな〜〜と思ってます(^^;)ほんっっっと疲れ果てる時ありますけどね…!!
お姉ちゃんに頼りまくりの母ですが、この年の差だからこそ良かったなと思える事が日々沢山感じられて嬉しいです。やんちゃんと同じく、妹をめちゃ可愛がってくれていて、その可愛がってる姉もまた可愛いという無限ループ(*^_^*)
疲れた時は休みつつ、今しかない貴重な育児生活をめいいっぱい楽しみたいですね!
これからもリアルタイムで共感させてください(*^_^*)応援しています!!
震災のこと、私はまだ子どもを産んだり育てたりしたことはありませんが、読んでいて涙が出そうになりました。
大変な経験をなさいましたね。つんさん、話してくださってありがとうございます。
私も震災の時は偶然東京にいてすごく怖かったのを覚えています。今は大阪で暮らしていますが、未だにあの時のことを考えると不安な気持ちになります。
つんさん、つんさんのお子さん達や家族が元気で、こうしてブログを楽しませていただいて本当に感謝しています。
これからも、つんさんのブログ楽しみにしていますね。
泣かれると辛いですよね…
そして震災の混乱の中でのやんちゃんの育児、物資も無いし本当に不安だったと思います。
我が家も被災し、当時はまさにポポポポーンでした。
海沿いの職場の様子を見に行った旦那が深夜になっても帰ってこなくて電気の無い暗い部屋で泣きながら待っていたことを思い出します。
(なんとか津波に流されつつも奇跡的にエンジンのかかった軽自動車に、職場に残っていた7人乗せて帰ってきました)
毎年この時期になると、何も無い普通な日常がどれだけ幸せなことかと再確認しますね。
毎回面白くブログ読ませてもらってます!
月齢も近いからかあるあると思うものばかりですw
私も津波が来ない地域ながらも福島で被災しました。電気ガス水道全て止まり誰とも連絡が取れず、テレビをつければ見ていられないくらいの悲しい映像と原発…そしてポポポポーン
その頃は子どもはおらず守るものがなかった分まだ気楽に過ごしていた方ですが
いざ子どもを産んでから思い返すとなんて悲惨な時間だったのかと恐ろしくなります。
決して当たり前ではない子どもさんたちのお誕生日を心からおめでたいと思います∩^ω^∩
つんさん、毎日子育てお疲れ様です!
震災のお話、とても心に残りました。
ところで、前々からつんさんのお母様の人柄が大好きなんですが、お母様の口調はつんさんのお住まいのあたりではスタンダードなんでしょうか?
ちょっとそっけない感じがかっこいいです…。
2018年の記事ですが、心に響いてどうしてもコメントしたくて書きました。
去年東北でラグビーW杯の会場になった街で、当時中学1年の私も震災を経験しました。私自身は高台にある学校にいて無事でしたが、水産系の仕事をしていて、人想いの父は津波に流されて死んでしまったのではないかと思い泣きました。(高台に逃げて無事だったので、今も元気に水産系の仕事を続けています)
つんさんの記事を読んで、娘さんがもし津波に…ということと私自身の経験が重なって、涙が出ました。
でも、つんさんがこうやって形に残してくれていることで、たくさんの方に知ってもらえて、私自身も記憶にしっかり残すことができるので感謝です。本当にありがとうございます!
(長々とすみません(;_;)これからもブログ楽しみにしてます!)
つんさんのお嬢さんと私の長女が同い歳で他人事ではないので思わずコメントしてしまいました!
私は長女を産んで退院してから2日後くらいにあの震災だったのです。
本当に不安でしたよね、当時。
私は長女を産む1年前に男子を死産しているのですが、そこの産院の人達が本当に本当に冷たくて。
でも1人だけ話を聞いてくれた看護師さんがいて。その人がの存在が凄く有難かった事を覚えています。
子育てはこれからも続きますが、つんさんの漫画を楽しみに日々頑張ります。